大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)2436号 判決

原告

原田宗雄

ほか三五名

(別紙原告目録〈略〉記載の通り)

原告ら訴訟代理人弁護士

東中光雄

石川元也

(ほか二名)

右弁護士東中光雄訴訟復代理人弁護士

宇賀神直

(ほか二名)

右弁護士石川元也訴訟復代理人弁護士

小林保夫

(ほか二名)

原告東秀吉、同岸英夫訴訟代理人弁護士

西本徹

被告

関西電力株式会社

右代表者代表取締役

小林庄一郎

右訴訟代理人弁護士

山本登

松本正一

右弁護士松本正一訴訟復代理人弁護士

前原仁幸

(ほか三名)

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(請求の趣旨)

原告らが、いずれも被告の従業員たる地位を有することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、別紙原告目録の所属欄に記載のとおり、もと関西配電株式会社(以下関配という)又は日本発送電株式会社(以下日発という)の従業員であった。

2  被告会社の設立と関配、日発の従業員の承継

(一) 被告会社設立の経緯

過度経済力集中排除法(昭和二二年法律二〇七号、同年一二月一八日施行。以下集排法と略称する)施行時の電力事業界は、全国に九支店をもち発電、送電を営む日発と、右各支店に対応した関配を含む九配電会社があったが、昭和二三年二月二二日、同法に基づき持株会社整理委員会によって日発、関配ともに過度経済力集中とみなされ、その指定を受け、同法七条二項七号の企業再編成計画書の提出を求められ、右再編成のあり方を規制するため、更に電気事業再編成令(昭和二五年政令三四二号、同年一二月一五日施行。以下再編成令と略称する)が公布施行された。同令の構想するところは、結局、電気事業を九つの配電会社に対応し、かつ日発の九支店に対応してそれぞれ九つの電力会社に再編成し、発電、送電、配電を一貫して電力を供給するというものであり、同令三条にいう別表第二に定める供給区域は、要するに九つの配電会社の供給していた区域であり、指定会社の有する電気工作物を新会社に現物出資し又は譲渡するという別表第三の区分も、従前の日発の支店又は配電会社の工作物であって、再編成による新会社の物的設備と新会社の営業区域は、それぞれ対応する日発支店、配電会社よりの提供にかかるものにすぎないものであった。

再編成令をうけて、昭和二六年二月八日に日発、関配ともに再編成計画書を提出したが、関配の計画書には、再編成令の文言どおりの「再編成計画の要綱」が定められたほか、「諸契約等の承継方法」として「すべての権利義務及び法律上の地位は指定会社において特別の意思表示をしない限り全部新会社に承継されるものとする」とされている。また日発の計画書においても、再編成計画に再編成令の別表を引用すると共に、同計画の要綱の(10)で「新会社は、当社及び九配電株式会社の従業員をすべて引継ぐものとする」とし、要綱の(7)および「諸契約等の承継方法」で「すべての権利、義務及び法律上の地位は、当社留保分に関連するものを除き全部新会社に承継されることとする」と定めているが、右の要綱(10)と同(7)とは併列的に定められているのであるから、右の「すべての権利、義務及び法律上の地位」とはもともと従業員の雇用関係を対象外としていたことが明らかである。

このようにして、新会社である被告会社を含む全国九電力会社は、法形式的には日発及び九配電会社が発起人となって現物出資によって新しく設立された会社ではあるが、その実体すなわち従来から営まれてきた電力事業の内容、企業の組織そのものは、企業主体の法人格の変更を除いては全く変動がなかった。

(二) 従業員たる地位の承継

前記のように日発の再編成計画書では「新会社は、当社及び九配電株式会社の従業員をすべて引継ぐものとする」とされ、関配の計画書には右のような規定はないが、本件再編成計画は日発と九配電会社の共同作業として行われていたからこそ、右日発の計画書に「九配電株式会社の従業員を云々」と記載されているのであり、これは日発のみならず右各配電会社も従業員の承継を当然の前提としていたことを示すものである。

すなわち、前記「特別の意思表示」による諸契約等の承継の留保を定めた規定は、従業員の地位関係を予定したものではないし、仮に然らずとするも、従業員の定めは前記一般の権利義務関係の承継の規定に優先する特別規定であるから、従業員関係においては、特別の意思表示による留保を認めないものと解すべきである。

また、前記被告会社等新会社の設立の経緯よりすれば、関配及び日発近畿支店が、従前の電気事業をその資産の出資又は譲渡の方法によりそのまま新会社たる被告会社に移行させたというのがその実体であるから、このように実質的には企業の実体に変更のない企業主体の変更の場合には、従業員の雇用関係も新会社に承継されるのを通常とすべく、もしあえて承継より除外する場合には、承継させないことにつき合理的な理由がなければならない。けだし、労働契約は従業員と企業主体との間に締結されるものであるが、その実質は特定の企業所有者ないし経営者に対して労務を提供するというよりは、むしろ客観的存在としての企業そのものに労務を提供するものであり、また現在の企業では、従業員は企業の諸物的施設とともに企業の人的施設として企業の一部を構成するものであるから、本件のように実質的には企業の実体の変更をともなわずに企業の主体が変更され、新会社が設立される場合には、通常は従業員も企業の諸物的施設とともに新会社に承継されるべきものであるし、もしこの場合、個々の従業員について企業主体においてほしいままに承継の対象から除外することを認めるならば、実質的には自由な解雇を認めるのと同様な結果となり、従業員の地位は極めて不安定になるばかりでなく、本件にあっては、本来国家の政策である民主的で健全な国民経済再建の基礎をつくるために企業の合理的な再編成を行う(集排法一条参照)という機会に乗じ、その目的を逸脱し、それを他の目的に利用して、自由な解雇と同様の結果を得ようとすることは、集排法の目的、趣旨からして許されないところである。

被告は、原告らに対する関係では、日発ないし関配から被告会社に承継しない旨の特別の意思表示があったと主張する。しかしながら、本件では、指定会社である日発、関配は新会社である被告会社にすべての資産を現物出資または譲渡して解散するものであり、すべての法律関係は原則として新会社に承継されるべきものであるから、その例外である承継除外の意思表示が有効でありうるためには、先ず第一に明白な合理的根拠を必要とすべく、第二に契約関係にあるものについては契約の相手方の同意を要し、第三に指定会社は解散して清算に入るのであるから、承継除外にかかる法律関係が清算業務になじむものでなければならない。このようにみると、従業員関係では、停年退職者、希望退職者、清算要員等本人の希望ないし合意もありその根拠も合理的な者以外に、承継除外の合理的根拠を見出すことはできず、雇用関係は継続的なものであり長期にわたり労務を提供することを基本とするものであるから、右のような例外的な者を除けば清算会社の勤務になじむ者はない。

本件においては、一般の従業員についてはすべて格別の意思表示もなく新会社へ承継しながら、原告らに対してのみ何ら合理的根拠もなく、またその同意を得ることなく、清算会社への配置を意味する承継除外の意思表示をすることは、恣意的な解雇の意思表示と同様に信義則違反ないしは権利の濫用というべきものであり、無効である。

更に、労働者と使用者の関係は、単にその法形式にとらわれることなく、労働者の労働条件を事実上左右しうるなど労働関係上の諸利益に対し実質的な影響力や支配力を及ぼしうる地位にある者も使用者と解すべきであり、このような点からしても、本件においては原告らの従業員としての地位は当然に被告会社に承継されたというべきである。

右の承継除外の意思表示の合理性の有無に関しては、後記の関配ないし日発の原告らに対する解雇の効力、合意解約ないし示談契約の効力によってこれを判断すべきではなく、前述のように承継除外の意思表示そのものが無効であり、被告会社は、その設立と同時に他の従業員と同様に、係争中の原告らに対する使用者としての地位を承継したというべきである。右の解雇が無効であれば原告らの被告会社の従業員たる地位が確認され、解雇が有効であれば、それが否定されるという関係にある。

3  (解雇無効について)

(一) 前記のとおり、原告らはそれぞれ関配又は日発の従業員であったが、関配及び日発は、昭和二五年八月二六日、所属の原告らに対し、何らの理由を示すことなく解雇の意思表示(以下本件解雇ともいう)をなした。

(二) 右解雇は次の理由により無効である。

(1) 本件解雇は、いわゆるレッドパージと呼ばれるもので、原告らが共産党員又はその同調者であるとしてその政治的信条を理由とするものであり、憲法一四条、一九条、二一条、労働基準法三条に違反し、かつ社会的に著しく不当なものとして民法一条、九〇条に違反する違法無効のものである。

右は当時、電気事業経営者会議の作成した人員整理実施要綱(以下単に要綱という)に基づくもので、右要綱は基本方針として、電気事業は基幹産業であり、公共事業であるから、事業者は本事業の健全な発展に責任があること、事業者は、さらにこの際労働意欲の向上と服務規律の刷新を図り、能率の増進に努めなければならないことを述べた(これらのことは当然のことである)後、この立場から「現下の諸情勢に鑑み、事業の公共性に自覚を欠く者、常に煽動的言動をなし、他の従業員に悪影響を及ぼす者等、円滑な業務の運営に支障を及ぼし、又は之に協力しない一部従業員は直ちに之を排除するのやむなきに至った。」と述べているが、右の「 」内の文言は抽象的な表現ではあるが、これが共産党員又はその同調者を意味するものであることは公知の事実である。

右要綱によるいわゆるレッド・パージは、占領軍の指令に基づくものとされているが、その根拠たる指令そのものが不明確であるのみか、一般民間産業に対する占領軍の指令なるものは存在しないところである。

(2) 要綱は、関配又は日発の各就業規則に反するものであり、これをもって従業員を解雇する基準とすることは違法である。

(3) 本件解雇は、労働協約に反する無効のものである。当時、関配及び日発の各労働協約では、従業員の解雇については労働組合と協議のうえ行う旨定められていたが、本件解雇は右協議を経ていないから無効である。

(4) 原告らは、いずれも要綱の解雇基準に該当しない。原告らは活発かつ正当な組合活動をなし、或は共産主義者又はその同調者ではあるが、正当な組合活動の範囲を超えて業務の運営に支障を及ぼす等の行為をなしたことはない。このことは、本件解雇に当り使用者側が何ら具体的解雇事由を示しえなかったことからしても明らかである。

(5) 本件解雇は、原告らの正当な労働組合活動を理由とするものであり、憲法二八条、労働組合法七条一号、三号に反する無効のものである。

4  (合意解約、示談契約等の無効について)

後記被告の主張5(原告らの関配又は日発の従業員たる地位の離脱について)の(二)に記載されたような経緯によって、原告らが退職願を提出し、退職金等を受領し、或は仮処分申請、訴ないしは救済命令の各取下、誓約書、示談書等の交付をなしたことは争わないが、右各意思表示はいずれも左記の理由により無効のものである。

(一) (公序良俗違反)

昭和二五年八月二六日午前一〇時、関配や日発は、予め私服の警察官を配置して警備態勢を固めたうえ、原告ら解雇予定者を集め、何らの理由を告げることなく解雇を通告し、同時に解雇者の氏名を社内に掲示し、被解雇者は直ちに社外へ退去するよう命じた。

原告らは解雇理由の説明を求めたがこれには一切応じることなく、その後は退職申出以外では原告らと話し合うことを一切拒否した。被告が主張(被告主張5の(一))の「円満退職の勧告」なるものは右のとおりの方法でなされたもので、右通告の四日後の同月三〇日までにそれに応じた形の退職願を出せば解雇に際して支給する金員を増額してやるというにすぎない。被告のいう依願退職の申出とその承諾なるものは、既に八月二六日になされた解雇の意思表示の事後行為である。

しかも、右解雇は、既述のようにいわゆるレッド・パージであって、原告らの思想と生存に対する苛酷な迫害であり、かつ、当時の状勢下においては、これを受ける側においてこれに抵抗し、又は逃れる自由はほとんど存在しなかった。当時のインフレと食糧難に悩む国民の一人として、職を奪われる不安は絶大であり、かつ一方においては退職を申出た者に対して退職金を有利にするという経済的な誘導をなしているのであり、これに任意に応じる等ということのありえないことは多言を要しないところである。

右のような事情からすれば、被告のいう依願退職の申出なるものは、これを提出させる動機目的手段が不法であり、原告らに対する政治的、経済的な心理強制により原告らを困惑させ、その窮迫に乗じて原告らの自由な意思を抑圧した状況で提出させたものであるから、公序良俗に反する無効なものというべきである。

(二) (無効な解雇の追認について)

右の如く、昭和二五年八月二六日に原告らに対してなされた解雇そのものが無効なのであり、解雇は使用者側の一方的意思表示(形成権の行使)によりその効力を生じるものであるから、この解雇の意思表示が無効なものである以上、これを承認することによって有効に変じるものではないというべきである。したがって、前記依願退職の申出ないしは後記の和解、示談等によって原告らが右の無効な解雇を承認して有効としたということもありえない。

なお、無効行為の追認は、無効行為の意思表示をなした側においてのみなし得るところであり、その相手方においてこれを追認して有効に転ずることはありえない。

(三) (心裡留保)

右の退職勧告とこれに対する退職申出が解約の申込とその承諾とみられるとしても、右退職申出をなした原告らは、当時、右退職勧告(解雇)の無効であることを信じていたが、解雇処分により受ける社会的(レッド・パージを受けたものは他に就職することは不可能であった)、経済的(インフレ、食糧難等の生活苦)な困窮により、その生活は危機に陥るから、退職金を受領して急場をしのぐ方便として、真実退職の意思はなかったが、やむなく退職の申立をなしたものであって、このことは相手方も当然に知り又は知りうべきことであったから、退職の申出は民法九三条但書により無効のものである。

(四) 以上のことは、本件解雇を不当として、裁判所に対して仮処分命令の申請、訴の提起、労働委員会に対する救済命令の申立等をしていた原告らが、その手続中にこれらを取下げ、関配又は日発との間に示談契約書を作成し、示談金を受領し、従業員としての地位を離脱したことを認める誓約書を差入れること等(以下本項では示談等という)をなしたことに関しても共通して適合するところであり、かつ、示談等をなすに当っては、更に左記の事情が附加されていた。

すなわち、当時の社会情勢下においては、レッド・パージを受けたことにより原告らの再就職は不可能であって失業が常態となり、インフレと食糧難等からその生活を維持することは益々困難となっていたもので、もし右の抗争をやめるならば退職金名下の金員の交付があるとの攻撃や誘惑を前にしては、生きるためにはやむなく抗争をやめて右金員を受取るより他に方途がなかった。

かつ、占領下においては、占領軍の指示はいわゆる超憲法的効力を有するとの説が圧倒的であって、裁判所においても同様であり、レッド・パージの違法性を理由とする主張は容れられず、勝訴の裁判を得る展望は暗く、前記の法律手続による抗争の意義も少なかった。

したがって、示談等によって、原告らが本来無効な本件解雇を追認することはありえないし、またこの示談等は、公序良俗違反あるいは心裡留保として無効のものというべきである。

5  以上述べた如く、本件解雇は無効であり、また関配又は日発のなした解雇の意思表示後における原告らのなした退職の申出その他示談契約等もすべて無効のものというべきであるから、原告らは関配又は日発の従業員としての地位を離脱したことはなく、その従業員としての地位を有していたものであるから、他の従業員と同様に取扱われるべきである。

被告会社は、関配及び日発近畿支店の物的人的諸設備等その他法律関係上の地位すべてを包括的に承継して発足し、昭和二六年五月一日設立登記をなし、他方、関配は同日、日発は同月一〇日にそれぞれ解散したものであるから、原告らは被告会社設立と同時に当然にその従業員としての地位を取得したというべきである。しかるに、被告はこれを争うので、右従業員としての地位の確認を求める。

二  被告の答弁及び主張

1  請求原因第1項の事実は認める。同第2項、同第5項の事実中、その主張の法令の公布、施行、同法令により関配及び日発が過度経済力集中と指定され、企業再編成計画書を提出し、この計画書中に原告ら主張の文言があり、この計画書に基づいて関配及び日発近畿支店の資産諸設備、従業員等を承継して被告会社が発足し、関配及び日発が解散した事実の経過は、これらの点に関する左記被告主張事実に反しない限りは認めるが、被告が関配又は日発の従業員であった原告らを被告の従業員として承継したとの事実及び主張は争う。

2  被告は、関配又は日発の原告らに対する雇用契約上の雇用主たる地位を承継していない。

(一) 被告会社設立の経緯

わが国の電気事業界は、戦時中全面的な国家管理体制下に置かれていたが、戦後集排法が施行され、同法により昭和二三年二月二二日経済力の過度の集中として指定を受け、その再編成が要求された。その後右再編成に関する論議は曲折はあったが、結局再編成令、公益事業令(昭和二五年政令三四三号)の公布、施行により結論が与えられた。

再編成令によれば、電力事業の企業再編成計画は次のような方針に従うべきものと定められた(同令三条)。すなわち、同令別表第二に掲げる区域を電気供給区域として発電、送電及び配電を一貫して行う新たな九つの電気事業会社を設立し、各指定会社は解散すべきこと、指定会社の有するダム、水路、貯水池、器具、機械、電線路その他の電気工作物であって同令別表第三に定めるものは同表に定める区分に従い九つの新会社に出資し、又は譲渡すべきこととされた。

右方針に従い、関配及び日発は、関係法令に基づいて企業再編成計画書を作成し、昭和二六年二月八日これを公益事業委員会に提出し、同年三月三一日公告された右委員会の決定指令によりごく少部分を除くほか当初提出案どおりに承認された。右承認を受けた各計画書は、再編成令三条各号の要請を満たしていることはいうまでもないが、その大綱は次のとおりである。まず、日発の計画書について言えば、同社は九配電会社(この中に関配が含まれる)とともに九つの新電気事業会社(この中に被告会社が含まれる)を設立してみずからは解散するものとし、九配電会社とともに新会社に対してその資産を出資又は譲渡し、新会社はこれに対して株式を交付し又は社債、借入金等の負債を承継するものとなっており、これに対応して、関配の計画書は、同社は日発とともに現物出資によって新会社たる被告会社を設立し、これに再編成令別表第三掲記の特定の電気工作物を出資又は譲渡してみずからは解散するものと定めていた。

ところで、集排法一二条二項によれば、企業再編成計画においては、社債権者及び株主の承認を得ないでこれらの者の権利を変更することが認められ、また過度経済力集中排除法の施行に伴う企業再建整備法の特例等に関する法律(昭和二二年法律二〇八号)二条により準用される企業再建整備法(昭和二一年法律四〇号)二九条によれば、決定指令により承認を受けた企業再編成計画に定める事項については、法令、定款の定めまたは契約の条項にかかわらず株主総会又は社債権者集会の決議を要せず、かつ、旧会社の株主及び債権者ならびに新会社の発起人、株式引受人及び株主をも拘束するという強力な効果が付与されており、しかも決定指令により承認を受けた企業再編成計画は、所定の手続によらなければ、みだりにこれを変更することができないものとされ(集排法一三条、一四条、一九条参照)もって再編成計画の完全な遂行が期せられている。

そこで、関配と日発とは、それぞれ右各企業再編成計画書に基づき発起設立の方法により被告会社を設立し、昭和二六年五月一日その登記手続を了し、他方、関配が同日、日発が同月一〇日それぞれ解散登記をなし、清算を行い、関配が同二八年七月二五日、日発が同二九年六月三〇日それぞれ清算を結了してその登記を終った。

右のように、被告会社は電気事業の再編成により関配と日発とが発起人となって、その現物出資により設立されたものであり、これは商法上の発起設立にあたり、新設もしくは吸収による合併ではない。したがって、関配及び日発の権利義務は、当然かつ包括的に被告会社に承継されるものでなく、園係法令の特別の規定もしくは会社間の承継方法の取決め等によって個々的に被告会社に承継されたのである。

(二) 従業員の引継

前述のように、関配及び日発からの物的設備の引継ぎは、再編成令三条三号に定めるように同令別表第三の区分に従い個々に現物出資あるいは譲渡の方法によって行われたのであり、他方、企業の人的設備ともいうべき従業員の引継ぎは、雇用関係の承継として他の諸契約の承継と同様に企業再編成計画書中の「諸契約等の承継方法」の項に定めるところによって行われた。

すなわち、関配に関する計画書第一部第Ⅵ項「その他参考となる事項」中の「諸契約等の承継方法」の項に「指定会社が解散時において現に有する一切の諸契約、協約、諒解事項その他の法律行為(公法上及び私法上のものすべてをいう)に基くすべての権利、義務及び法律上の地位は、指定会社において特別の意思表示をしない限り全部新会社に承継されるものとする。」と定め、また日発に関する計画書第一部第Ⅵ項「その他参考となる事項」中の「諸契約等の承継方法」の項には「当社が解散時において現に有する一切の諸契約、協約、諒解事項その他の法律行為(公法上及び私法上のものすべてをいう)に基くすべての権利、義務及び法律上の地位は当社留保分に関連するものを除き全部新会社に承継されることとする。」と定めている。

そして、新会社たる被告会社に関する同計画書第二部第ⅩⅠ項「その他参考となる事項」中の「諸契約等の承継方法」の項には、「関西配電株式会社及び日本発送電株式会社が解散時において現に有する一切の諸契約、協約、諒解事項その他の法律行為(公法上及び私法上のものすべてをいう)に基くすべての権利、義務及び法律上の地位(但し日本発送電株式会社については新会社に出資又は譲渡される資産及び承継される負債に関連するものに限る)は、当該会社において特別の意思表示をしない限り全部新会社に承継されることとする。」(以上は関配の場合も日発の場合も同一)と定められている。

従業員の雇用関係については、右の定めによって引継がれ又は承継除外されることとなったのであり、原告らとの法律関係については、これを承継しない旨の意思表示が関配及び日発からなされ、被告会社がこれを諒承しているのである。

右の定めに従い、関配は昭和二六年四月二八日西配庶乙第一八号「法律関係承継除外の件」により被告会社発起人宛に、昭和二五年八月二六日付通告による被整理者神山三良外一九七名等との法律関係一切は被告会社に承継しない旨申し入れ、同日被告会社発起人はこれを諒承し、関配は同日付西配庶甲第四九号「法律関係承継除外に関し届出の件」により公益事業委員会宛にその旨を届け出ている。

日発は、昭和二六年四月二八日労々発第一三号「法律関係承継除外の件」により被告会社発起人宛に、京都地方裁判所昭和二五年(ヨ)第三〇三号身分保全仮処分命令申請事件(申請人浅川享外五名)、及び大阪地方裁判所昭和二五年(ヨ)第一七二六号地位保全仮処分命令申請事件(申請人関勝久外六九名)の各申請人との身分保全に関する法律関係一切は被告会社に承継しない旨申し入れ、同日被告会社発起人はこれを諒承している。

原告らを除く従業員の承継に関しては、関配では、昭和二六年四月三〇日現在の在籍者の中から新会社に引継ぐべき従業員を特定し、その引継社員名簿を被告会社に引継ぎ、その際、関配から被告会社に対し右引継社員名簿に記載された従業員のみを承継の対象とし、これ以外の者は引継がない旨の意思表示がなされた。日発では、右同日現在の在籍者の中から、原則として近畿支店の在籍者に、本店、北陸支店、東海支店の在籍者の一部の者を加えて引継ぎの対象となるべき従業員を特定し、その引継社員名簿を作成してこれを被告会社に引継ぎ、その際日発から被告会社に対して右名簿に記載の従業員のみを引継ぎの対象とし、それ以外の者は引継がない旨の意思表示がなされた。

以上のように、関配及び日発ともに、原告らとの法律関係を承継除外する旨の意思表示を行うとともに、引継社員名簿を作成し、この名簿に記載された者のみを被告会社に引継ぎ、これに記載されていない者は引継がない旨の意思表示をなしたのであり、被告会社は右意思表示を諒承するとともに、関配及び日発から受取った引継社員名簿に記載された者のみを従業員として新規採用したのである。したがって、右引継社員名簿に記載されていない原告らは、被告会社に引継がれず、被告会社も原告らを採用していないのであるから、原告らは当初から被告会社の従業員たる地位を取得すべくもないことは当然である。

3  請求原因第3項は争う。

原告らは本件解雇基準を定める要綱が、関配及び日発の各就業規則に反すると主張するが、右両会社の就業規則には、それぞれ会社の業務の都合により従業員を解職できる旨の規定があり、右要綱の解雇基準は同規定に該当するものであるから、就業規則違反は存しない。

また、原告らが本件解雇は関配及び日発の労働協約に違反すると主張するその労働協約は、関配においては昭和二一年一〇月三日、日発においては同年四月一日にそれぞれ締結をみ、その後右両会社と日本電気産業労働組合との間に継承され、かつ更新されてきていた労働協約を指すと解されるところ、関配のそれは昭和二四年七月二日限り、日発のそれは同年三月三一日限りいずれもその規定に従った右両会社からの失効申入によって失効しているものである。

4  請求原因第4項は争う。

5  (原告らの関配又は日発の従業員たる地位の離脱について)

(一) 電気事業は、基幹産業であるとともに高度の公益性を有するものであり、その運営が社会に及ぼす影響は大なるものである。ことに戦後の混乱した情勢下にあって、わが国の経済の再建、興隆のためには、その事業の健全な発展は欠くことのできないところであり、電気事業者としてはそのためにあらゆる努力をすることが要請された。しかるに、従業員等の一部には事業の公共性の自覚を欠く等して円滑な業務の運営に支障を及ぼし、あるいはこれを阻害せんとする如き行動をとる者があり、これを放置することは、右の要請に応えられないばかりか、わが国経済及び国民生活に重大な支障が生じるやも測りがたい事態が顕著となっていた。このようなときに、占領軍から電気事業経営者会議に対して強力な勧告があり、電気事業会社は、企業を防衛し電気事業の本来の使命を全うするために、右のような一部従業員を企業から排除するのやむなきに至った。

電気事業経営者会議において、事業の公共性に自覚を欠く者、常に煽動的言動をなし他の従業員に悪影響を及ぼす者等、円滑な業務の運営に支障を及ぼし、又はこれに協力しない従業員を排除するとの整理基準ならびに整理方法が策定され、関配及び日発はこれに基づき調査の結果、原告らを含む一部従業員がいずれも右整理基準に該当する者として、昭和二五年八月二六日、右の者らに対し、円満退職を勧告し、勧告に応ずる者に対しては依願退職者として規定の退職金のほか基準賃金の三か月ないし五か月分の特別退職金を支給し、期限(同年同月三〇日)までに勧告に応じない者は解雇するものとし、解雇する者に対しては規定退職金のほか法定の解雇予告手当を支給することとした。

(二) 右の勧告に対し、

(1) 原告目録1、3ないし8、10ないし20、22、23、25、28ないし30、34、37ないし39の原告ら二八名は、右勧告に応じて任意退職の申出をし、関配又は日発より特別退職金を受領して退職し、そのうち、

〈1〉 原告目録1、3、5、6、11、15、17、19、20、29、34、37の一二名の原告らは、前記のように関配又は日発が清算を結了するまでなんらの異議の申出もしなかったのであり、

〈2〉 〈1〉記載の原告らを除く一六名の原告らは、任意退職後において関配又は日発が存続中にこれを相手として法律手続により抗争していたが、うち

(イ) 原告目録4、23記載の二名は大阪地方労働委員会に不当労働行為救済の申立をなしていたのを、目録4の原告は昭和二六年三月一三日に、目録23の原告は同年二月八日に右申立を任意に取下げ、

(ロ) 原告目録7、8、10、12、13、14、16、18、22、25、28、38、39記載の原告一三名は、大阪地方裁判所に地位保全の仮処分命令の申請をなし、その手続中示談交渉の結果、いずれも右原告らにおいて関配又は日発の従業員たる地位を離脱したことを認める示談契約書を作成手交の上、昭和二六年九月一一日、右仮処分命令申請の取下げをなし、

(ハ) 原告目録30記載の原告は、右裁判所に解雇無効確認請求の訴を提起していたのを、前同様の示談契約書を作成手交して示談金を受取り、昭和二九年六月中に右訴の取下げをなし、右一六名も関配又は日発が清算結了するまでなんら異議を申出ず、

(2) 原告目録2、21、24、26、27、32、33、35記載の八名は、前記勧告に応じなかったのでその頃解雇されたものであるが、その解雇を不当とし、そのうち、

〈1〉 原告目録24記載の原告は、大阪地方労働委員会に不当労働行為救済の申立をしていたが、その手続中に昭和二五年一一月二〇日任意に右申立を取下げ、関配の従業員たる地位を離脱したことを認める誓約書を差入れ、特別退職金と同額の示談金を受領し、

〈2〉 〈1〉記載の原告を除く七名は、大阪地方裁判所に地位保全の仮処分命令の申請をなし、その手続中示談交渉の結果、いずれも関配又は日発の従業員たる地位を離脱したことを認める示談契約書を作成手交の上、昭和二六年九月一一日右仮処分命令の申請を取下げ、特別退職金同額の示談金を受領し、

右原告ら八名も右各取下げ以後は関配又は日発が解散による清算結了時までに何らの異議を申出なかったものである。

(三) このように原告らはいずれも有効に関配又は日発の従業員たる地位を離脱しているものである。

6  (本訴請求の信義則違反について)

右のような経緯によって、原告らはいずれも最終的には異議を留めず退職金等を受領し、その後本訴提起に至るまで少くとも約二年ないし五年一〇か月の間何ら任意退職又は解雇の効力を争う態度を示していないので、当事者間に任意退職又は解雇の効力につき異議を述べない旨の暗黙の合意が成立したものと認めるべきであり、そうでなくても、任意退職又は解雇の無効を主張することは、信義則に反し許されないところである。

三  本訴が信義則違反であるとの被告の右主張に対する原告の答弁

本件解雇は、前述のとおりレッド・パージという違憲違法なもので当然無効のものであるが、当時においては、占領軍の指示に便乗したこれらの違法行為も超国内法規によるものとの説が強く、裁判所においてもこれが救済に消極的であった。したがって、原告らが法律的手続によりこれが救済を求めることは極めて困難であった。そして、原告らは本件解雇によって経済的のみでなく社会的にも困難な立場に立たされ、生きるためにやむをえず退職の申出をしたり示談契約をなしたもので、この間の事情も請求原因第4項に記載したとおりである。

このような状況下にあった原告らが、講和条約発効後、はじめてその自主的な立場による判断から、占領下の不当、不法な処置の是正を求め、奪われた職場への復帰を求めたのが本件訴であって、右の退職願の提出や示談契約等から若干の年月が経過しているとはいえ、右の事情からすれば、本訴提起は適法であり、これが信義則違反という被告の主張は失当である。

第三証拠関係(略)

理由

一  原告らが、別紙原告目録所属欄記載のとおり、もと関配又は日発の従業員であったこと、同目録1、3ないし8、10ないし20、22、23、25、28ないし30、34、37ないし39の原告らは関配又は日発の退職勧告を受けて昭和二五年八月三〇日頃に退職届を出し、同目録2、21、24、26、27、32、33、35の原告らは右退職勧告に応じなかったためその頃に解雇されたこと(但し右退職及び解雇の効力の点は除く)、関配及び日発ともに昭和二三年二月二二日集排法による過度経済力集中との指定を受け、同法による企業再編成を求められ、再編成令に定められた方針に従った企業再編成計画書により関配及び日発の出資又は資産の譲渡により被告会社が設立され、昭和二六年五月一日その設立登記がなされ、関配は同日、日発は同月一〇日にそれぞれ解散したことは、当事者間に争いない。

二  右争いない事実に(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。

1  (被告会社の設立)

前記の如く、関配及び日発は、昭和二三年二月二二日、他の八配電会社とともに集排法に定める過度の経済力の集中と指定されたため、同法に定める企業再編成計画書の提出をなさなければならず、新たな電気事業の企業形態について論議が重ねられたが、結局は、いわゆるポツダム政令による前記再編成令(昭和二五年一一月二四日公布、同年一二月一五日施行)により結論を与えられた形となった。そこで関配及び日発は、再編成令に定められた方針に従い、それぞれ集排法七条二項七号、集排法に基づく手続規則一八条、一九条、再編成令三条に則り企業再編成計画書を作成し、昭和二六年二月八日これを公益事業委員会に提出した。そして右各計画書は、法定の各手続を経て、同年三月三一日公告された右委員会の決定指令によりごく少部分を除くほか当初提出案どおり承認された。

右承認された計画書は、再編成令の要請を満たすものであって、日発の計画書によれば、日発は関配を含む九配電会社とともに、被告会社を含む九つの新電気事業会社を設立し、みずからは解散し、その資産を再編成令別表第三の区分に従って各新会社に現物出資又は譲渡し、新会社の株式を取得し又は新会社に日発の債務を承継させることになっており、関配の計画書によれば、右の日発の場合とほぼ同様の形をとって日発と共に再編成令別表第二の(ヘ)に定められた地域を供給区域とする被告会社を設立してみずからは解散し、その資産の出資、譲渡、債務の承継等も右と同様の形態をとることとなっていた。

そして、関配及び日発は、右計画書に基づいて自ら発起人となって発起設立の方法によって被告会社を設立し、昭和二六年五月一日その設立登記を了し、関配は同日、日発は同月一〇日それぞれ解散し、清算手続に入り、関配は同二八年七月二五日、日発は同二九年六月三〇日それぞれ清算結了してその登記を了した。

2  (従業員の引継)

右の関配及び日発の各計画書ともに従業員の引継ぎについては、明確かつ具体的な定めはなかったが、関配ではその計画書第一部Ⅵ「その他参考となる事項」の(2)「諸契約等の承継方法」の「指定会社が解散時において現に有する一切の諸契約、協約、諒解事項その他の法律行為(公法上及び私法上のものすべてをいう)に基くすべての権利義務及び法律上の地位は指定会社において特別の意思表示をしない限り全部新会社に承継されるものとする。」との定めに従って処理することとし、日発においても、その計画書第一部Ⅵ「その他参考となる事項」の2、「諸契約等の承継方法」の「当社が解散時において現に有する一切の諸契約、協約、諒解事項その他の法律行為(公法上及び私法上のものすべてをいう)に基くすべての権利、義務及び法律上の地位は、当社留保分に関連するものを除き、全部新会社に承継されることとする。」との定めに従って処理されることとされていた。これに対応し、新会社たる被告会社に関しては、右各計画書第二部ⅩⅠ「その他参考とする事項」の(2)「諸契約等の承継方法」に「関西配電株式会社及び日本発送電株式会社が解散時において現に有する一切の諸契約、協約、諒解事項その他の法律行為(公法上及び私法上のものすべてをいう)に基くすべての権利、義務及び法律上の地位(但し日本発送電株式会社については新会社に出資又は譲渡される資産及び承継される負債に関連するものに限る)は当該会社において特別の意思表示をしない限り全部新会社に承継されることとする。」との定めがあった。

そして、関配及び日発とも被告会社設立登記の前日である昭和二六年四月三〇日現在に在籍している従業員(日発に関しては主として近畿支店)で被告会社へ引継ぐべき者の名簿(引継社員名簿)を作成して、この名簿に記載した従業員を被告会社の従業員として引継ぎ、被告会社はこれを承諾してこれらの者をその従業員として雇用した。右名簿作成に当っては、個々の従業員の意見も聴取され、若干の者についてはその希望の新会社へ移ることとされたが、大部分の者は関配又は日発近畿支店における配置のまま被告会社へ引継がれることとなった。本件の原告らについては、前記の退職届の提出ないし解雇によって既に関配又は日発の従業員の地位を離脱しているものとして右名簿に登載されず、したがって被告会社がこれを受継いで雇用することもなかった。

更に、右従業員引継の当時、原告らと関配又は日発との間の身分関係の紛争処理の法律関係については、その関係する関配又は日発において処理することとし、これを被告会社へは引継がない旨を文書(関配、日発ともに昭和二六年四月二八日付文書)で被告会社(発起人宛)に申入れ、被告会社も文書でこれを承諾する旨回答した。

三  以上認定の事実によれば、被告会社は、関配及び日発の両社が発起人となって、現物出資によって新たに設立された会社ではあるが、集排法の趣旨に則り従来日発と九配電会社によって営まれていた我国の電気事業を過度経済力集中とならないように再編成をなしたその一環であり、再編成令別表第二の(ヘ)に定められた地域を供給区域とする電気事業を営むもので、その内容、組織は関配と日発近畿支店のそれと特段の変更はなかったものというべきである。

四  原告らは、被告会社の右のような設立の経緯からして、被告会社は関配と日発近畿支店の諸設備をそのまま承継しているのであるから、人的設備ともいうべき従業員についても、当然に包括的に承継したものである旨主張する。

1  しかしながら、関配又は日発の解散と被告会社の設立との関係は、通常の会社の営業譲渡、会社合併等の場合と異なり、集排法一条所定の目的を達するため過度の経済力の集中の排除のために同法に基づいてなされたものであって、右認定の再編成令に則り作成された企業再編成計画の実施にあたっては、集排法、企業再建整備法等関係法令によって関係会社の株主、債権者その他利害関係者に対しても強い効果が付与され、しかも、決定指令により承認を受けた企業再編成計画は所定の手続によらなければみだりに変更できず(集排法一三条、一四条、一九条等)、もって各企業再編成計画書に定める事項の完全な実施が期せられている。決定指令により承認された各企業再編成計画書のもつ右のような強力な効果からして、関配及び日発は、従業員の引継ぎについて前認定の計画書中の「諸契約等の承継方法」の項に定めるところに従って行うことを法令上義務づけられ、これに違背することは許されなかったものというべきである。

2  もっとも、(証拠略)によれば前認定の日発の計画書第一部Ⅳ「再編成計画の要綱」に「(10)新会社は、当社及び九配電株式会社の従業員をすべて引継ぐものとする。」との定めがあり、同じく要綱の(7)として前認定の同計画書Ⅵの2「諸契約等の承継方法」の項と同文の定めがあることが認められることは、原告ら指摘のとおりである。

しかし、右要綱(10)の定めは、あくまで企業再編成計画の要綱であり、これが具体的な実施については同計画書のⅥの2によるべきものであり、このことは要綱(7)の定めの場合においても同様と解せられるので、右の要綱(10)の定めによって直ちに日発の従業員が全員、包括的に新会社へ承継されるべきものとはいえない。

3  そこで、前認定の関配、日発の各計画書中の「諸契約等の承継方法」の項の定めに従った従業員の承継方法として、関配及び日発の採った前認定の承継の当否について考察するに、関配又は日発が従業員との雇傭関係について特別の意思表示をしなかったならば、その関係は新会社へ承継されたであろうが、いずれもその引継ぐべき従業員を特定し、引継社員名簿を作成してこれに登載された従業員を引継ぐものとしたのであるから、この名簿に登載されなかった者は引継の対象とされず、被告会社の従業員としての地位を取得するものではないと言わざるを得ない。そして、右のような方法による承継除外も、前記「諸契約の承継方法」にいう「特別の意思表示」(関配の場合)又は「当社留保分」(日発の場合)との定めによる承継除外の意思表示の一方法として許されるというべきである。

4  原告らに関しては、右の各引継社員名簿に登載されなかったこと前認定のとおりであるのみでなく、原告らは前認定のように関配又は日発に対し退職届を出し、或は解雇されたもので、この退職届の提出及び解雇の効力はともかく、少くとも関配又は日発側においてはこれによって原告らを従業員として取扱わず、加えて当時その身分関係について係争中の原告らに関しては(関配においては、当時紛争の発生していなかった者についても)、その身分保全の法律関係につき一切引継ぎをせず、関配又は日発において処理する旨被告会社に明示されているのであるから、原告らは、いずれもその従業員としての地位も、従業員としての地位についての係争法律関係も、すべて被告会社へは承継されなかったものであり、関配又は日発の従業員として被告会社に包括的に承継されたとの原告らの主張は採用しえず、原告らはいずれも被告会社の従業員としての地位を取得しなかったものと言わざるをえない。

五  (原告ら従業員の承継除外が違法であるとの原告らの主張について)

1  原告らは、企業再編成計画とその実施においては、従業員の承継除外は許されず、また本件における関配及び日発から被告会社への移行は、単に企業主体の変更にすぎず、企業の実体に変更がないのであるから、企業の人的設備ともいうべき従業員も当然に被告会社へ承継されるべきであって、従業員の承継除外を許すときは、この機会に便乗した恣意的な従業員の解雇を認める結果となり、不当である旨主張する。

しかしながら、本件各企業再編成計画書においては、諸契約(これに従業員との雇傭契約も含まれること前記のとおり)の承継に関して承継除外のあることも予定されているところであり、集排法による企業再編成であるが故に従業員の承継除外を許さないと解さなければならない根拠はなく、また、新旧各企業の実体に特段の変更がないからといって、常に必ず全部の従業員までも新企業に移行すべきだと解することも相当でない(原告らも合理的理由ある場合にはこれが認められる趣旨の主張をする)。

2  ただ、旧企業より新企業への移行が企業の実体に変更がないのに、恣意的な従業員の承継除外をなすときは、従業員の恣意的な解雇を認めると同様の結果となり、従業員の地位が不安定となることは原告ら指摘のとおりであるが、本件において、原告らについての承継除外が恣意的になされたと認めるべき資料はなく、むしろ、前認定の事実経過によれば、原告らは、昭和二五年八月中に関配又は日発に対して退職届を出したか、解雇されたものであり、その後の同年一一月に再編成令が公布され、翌二六年二月に関配及び日発の各企業の再編成計画書が作成提出され、同年三月これが承認され、この各企業再編成計画によって同年五月被告会社が設立されたのであって、右の原告らの退職届あるいは原告らに対する解雇が原告ら主張のように本来無効なものであったとしても、関配及び日発はこれを有効なものとして(〈証拠略〉によれば、原告らの右退職届ないし解雇については、当時の占領軍の指示に基づくものとして、関配及び日発側において、その当否はともかく、この指示に従わざるを得ないものと受止めていたものであり、当時の情勢からしてこれも止むをえなかったものと認められる)、原告らが既に従業員でないものとして取扱っていたのであるから、その後における企業再編成計画の作成、その実施にあたり、関配又は日発において原告らを従業員として取扱わず、被告会社への引継社員名簿に登載せず、原告らに関する身分についての法律関係は関配又は日発において処理することとしたことは、当時においては、特段不合理なものとはいえないところであり、このことは反面、原告らのうちの大部分の者が被告会社設立後においても、その従業員としての身分関係については関配又は日発を相手として交渉し、ないしは示談等をなしている(このことは当事者間に争いのない被告主張の5の(二)の(1)(2)記載の事実により明らかである)ことからしてもいえるところであり、このような点に鑑みると、本件においては関配又は日発において原告らについて被告会社への承継を除外したことは、恣意的なものであったとは言えないものと考える。

3  その他、原告らは、従業員の同意なく、また合理的根拠のない従業員の承継除外は無効である等々と主張するけれども、仮にその主張のように関配又は日発から被告に対しなされた原告らを除外した従業員引継の意思表示が無効であるとしたところで、上来説示の関配又は日発と被告会社との関係、被告会社設立の経緯からして、前認定のような方法による従業員の引継ぎにおいて、右意思表示が無効であることから直ちに関配及び日発からの被告に対する前認定の従業員引継に関する意思表示が原告らを従業員として引継を求める意思表示に転換し、かつ、これを承諾する意思表示が被告によってなされたとすべき理由はない。そうだとすると、結局は、原告らは被告会社の従業員としての地位を取得するに由ないものと断ぜざるをえない。

六  してみると、原告らと関配又は日発との間の雇傭契約関係の存否に関係なく、原告らは被告会社の従業員としての身分を取得したものでないことは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求はすべて理由がないことに帰する。

よって、原告らの請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 東修三 裁判官 田中亮一 裁判長裁判官石井玄は転任により署名捺印できない。裁判官 東修三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例